見た目も大事

〜アメリカで就職活動開始〜
〜アメリカの人材紹介・転職サイトの実態〜
〜英文履歴書(レジュメ)に悪戦苦闘&コツ〜

これまでの話は↑を見てね。


前回の更新から1ヶ月経っちゃいました。ぐーたら癖がついていましてね。。。
もっとちゃんと日常のことも記録しておきたいなぁーと思っているのになぁ。ナマケモノ。


今日は「見た目」の話。


新卒と違い、中途の転職活動=どんなことができるか?という基準で勝負なのだとずっと思っていたので、私はアメリカでの就職活動にあたって見た目を変えるということはしてませんでした。
まぁ面接時にはスーツを着てヒールを履いていく程度。。
日本にいたときもそんな程度でも何とか仕事にはありつけていたので、実際に見た目の重要性を意識することがほとんどなかったので・・・。

で、インタビューのアポが入ったときに、レジュメの添削をしてくれたHちゃんから「プロフェッショナルな見た目にしたほうがいい」とアドバイス。
一瞬、新卒でもないのに見た目がそんなに重要なのか?と思ったけど、思い返してみるとこの国での就職ハウツー本や営業マン向けの本などを見ると、見た目のことに関する指摘って結構多い。。。
(ちなみに「見た目」というのは、プロフェッショナルに見える服装や持ち物に関する留意点・相手に不快感を与えないしぐさ等々)

カリフォルニアの夏を満喫しましたよ〜!って感じのド茶髪なのに既に根元が黒くなってくっきりプリンになって、なんだかみすぼらしい髪型の私。。。髪も痛んでるせいかまとまりもないし。
なので、面接前に髪を黒く染め、面接当日には髪も結んでまとめました。(これもHちゃんのアドバイス)
洋服はパンツスーツを持っていたけどカッチリしたバックを持っていなかったので、Hちゃんがご主人のPCバックを借してくれました。

Hちゃんは当日のお化粧チェックもしてくれて、顔色をよく見せるようにもしました。

黒いまとめた髪に白いシャツ・黒のパンツスーツ・黒のパンプスに黒のPCバック。
地味な出で立ちだけど若さがないww ので、新卒の就職活動とは違って初々しくはなりません orz

TPOに応じた見た目に気を使うことで基本的な気配り・配慮・協調性を表し、職務経験だけではなくすべてにおいてプロフェッショナルである印象を与えることは重要なことかもしれないなと思いました。
それにもっと単刀直入に言えば、就職活動中は(転職活動中は)相手に好印象をもたらさない可能性があるものはすべて排除したほうがいいかと。わざわざ自分を不利な状況に置く必要はないし・・・。


ま、そんなことも今回勉強になりました。


テーマ : 海外で働く
ジャンル : 就職・お仕事

英文履歴書(レジュメ)に悪戦苦闘&コツ

〜アメリカで就職活動開始〜
〜アメリカの人材紹介・転職サイトの実態〜
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今日も長いよ〜ん

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これは私の場合は効果があった方法です。他の人にはどうか解りませんし、これが正解!とは言えないのを理解のうえで読んでくださいね

さて、就職活動・就職活動に必須な履歴書。これは私は苦労しました。
企業は大量のレジュメをキーワード検索でふるいにかけるらしいので、そのキーワード検索にひっかかるようなキーワードをできるだけたくさん散りばめ、英語OSから印刷されることを考えてフォントも気をつけ、面接の場所で渡す時のためにOffice Depotで相当上質な紙を買ってきたし、盛りだくさんな内容でも2ページで収めた。

私はDominoという製品に長く携わっていたので、普通に書くとDominoに特化した人 になります。でもこれがアメリカでの私の就職活動での足枷に。英語もできてDominoに詳しい人はアメリカ人で足りるし、Dominoの管理者やらヘルプデスクなんて需要そのものが多くない。

1ヶ月のLAでの活動に行き詰まり感を感じ始めた頃、サンノゼに住んでいたHちゃんが、泊めるからシリコンバレーで就職活動したらどう?と言ってきてくれました。ちょっと迷った挙句、迷惑覚悟でHちゃんの言葉に甘えることにし、1週間後にはサンノゼに引越しました。押しかけ居候です。

早速、Hちゃんが私の最新履歴書を見て、「情報が多すぎて何がポイントか見つけにくいし、このレジュメだとDominoだけが売りの人に見える」と、自分も気になっていた点を指摘。
英文履歴書の書き方って本の通りに買いたのにダメなの〜?(サンプルをかなり真似たのに)

早速、深夜(朝方)までレジュメを一緒に書き直すことに。自分ひとりでは解らなかった私の経験をヒアリングし、「Domino」という特定製品以外の職種にも通じるような文章に変換。
更に私のたどたどしい表現の英文を、解りやすくシンプルで効果的な単語で表現する文章に書き換えてくれました。
これは本にも書いてあるけど、改めて嘘は書いちゃいけないけど余計なことは書かなくていいということを指摘し、修正。


・とにかく見やすく!大量の履歴書を見る担当者は忙しい。一文は短く。箇条書き。
・カバーレターに期待しすぎない!履歴書でひっかからなければ担当者は(多分)カバーレターまで見ない!
・受賞歴などがあるなら、目立つように記載
・数値化できる評価があると伝わりやすい
・本の言うことは鵜呑みにしない(これはHちゃんが言っていましたが、日本で出版されている英語表現の本でも間違っているものやおかしな表現をしているものもあるそうです)
・簡単に自分のセールスポイントが目につきやすいように、レイアウトやデコレーションに気を配る
・ごちゃごちゃしてしまうくらいなら、詳細すぎる内容はレジュメに入れない。


最後に一つ、できれば自分以外の人と一緒に履歴書を書いたほうがいい。
私は、自分の経験を客観的に聞いてくれたHちゃんのお陰で、自分の気づいていなかったセールスポイントを見つけることができました。
(もちろんこれは人を選びますよ〜。トンチキな人にアドバイスを貰っても何の役にも立ちません!!!)
** 添削前 **
前
** 添削後 **
後


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生まれ変わったレジュメを再度日系エージェントにも送付すると追加で紹介されるようになり、スケジュール管理しないと把握できないくらいになってきていました。
「シリコンバレーまで思い切って引っ越してきてよかったなぁ」と感じていました。

ある晩、Hちゃんと一緒に craigslist で仕事探しをしていたところ応募できそうな企業を見つけました。
早速、生まれ変わったレジュメを少し応募職種用に書き換えてメールしました。
勿論他の会社へも応募。

すぐにその会社から連絡がきました。


つづく

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ジャンル : 就職・お仕事

アメリカの人材紹介・転職サイトの実態

〜アメリカで就職活動開始〜

これまでの話は↑を見てね。
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引越した先は、LAから車で15分くらいの Pasadena (パサデナ)という街のすぐ近くに落ち着いた。

アメリカで仕事を見つけるには大きく分けて以下4つの方法がある。
1)人材紹介会社への登録
2)転職サイトへ自分の履歴書(Resume)を登録・公開
3)コネ・ツテでの紹介
3)直接応募

【1)人材紹介会社(エージェントまたはリクルーター)】
日系の人材紹介会社は日系企業への人材紹介を扱っています。すなわち、日系人材紹介会社から米系企業への紹介はまずほとんどありません。

前年の冬に作った履歴書からアップデートもしていなかったので、プロ通訳・翻訳の友人Hちゃんにレビューしてもらった結果の反映に+近所の図書館で見つけた「IT業界向け履歴書の書き方」みたいな本に倣って書き換えました。
その履歴書をエージェントにばら撒くと、ほとんどすぐに連絡が来ます。LAやサウスベイ、オレンジカウンティにオフィスのある人材紹介会社であれば、できるだけすぐにオフィスに直接出向きました。直接訪問するメリットは顔を覚えてもらう他に、ITに強くない会社及び担当者・担当者のキャラクターを見分けることも目的でした。

どこの人材会社の担当者も、「不景気だけどIT系は大丈夫ですよ」「これだけ経験があれば大丈夫ですよ」(ってか、私、年数長いから・・・)なんて甘い言葉ばかりでした。そんなはずないだろうと思いながらも、リクルーターからの仕事紹介はすぐに来るので、「もしかしたら意外と早くどこか決まるかも?」と淡い期待も少し抱いていました。

人材会社からの仕事紹介はかなりあるのですが、企業との直接面接に到達するのはやはりちょっと大変でした。更に、外国人である私の場合は1年後のワーキングビザをサポートしてくれるところ(実際は来年4月のH1申請になります)という条件があります。
LA界隈の人材募集では「ビザサポートの必要がなく、労働資格を持った人」という前提条件がついていることも多いため、そもそも応募できる企業も少ないという現実。。。
(私は内容次第では1年限定の仕事でも私は構わなかったのだけれど、企業側は”短期でいなくなる人”は。。。という思惑のズレがあり、IT系で1年だけの短期での職探しは難しいのかなーと思いました)

【転職サイトへの履歴書登録・公開】
monsterCareeer BuilderYahoo! Hotjobsindeed に登録しました。

履歴書載せておいて連絡くるものは、人材紹介会社からばかりでした。
ここから企業を探して応募もしましたけれど、企業からはまったくレスポンスを貰えませんでした。
人材紹介会社はともかくとして、直接応募の厳しさはここで発覚。
(まったく余談ですが自分が前に働いていた会社からリクルートメールが届いたのには笑いました)

Career Builder では、募集している仕事に対してどのくらいの人が応募しているかどうかが分かるアイコンがあります。これを見ると、要求レベルの高い仕事に対しての応募数は少なく、取っ掛かりやすそうな仕事には大量の応募が殺到しているのが分かります。

ちなみに転職サイトやLinkedIn経由で米系人材紹介会社からのコンタクトもありました。
でも私のへたくそな英文履歴書のせいか、米系人材会社から紹介してもらったのは数えるくらいでした。。。orz


つづく  (もう今日は寝るよ〜〜)

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アメリカで就職活動開始

留学の後、アメリカで就職活動をした経験を書いておこうかなと思いまして。
(私は留学前は会社員で、IT系の会社にいました。そんな私の就職(転職?)活動記録です)

まず、アメリカで就職活動するにあたり【どういう資格がいるのか】ということを簡単に。

外国人である私達は、その国で働くための権利を取得する必要があります。
アメリカの場合、ビザと呼ばれるものがあります。H1B、L1、E、O、色々ありますけれど、留学生はF1(学生ビザ)というものになります。ただしこのビザでは基本的には合法的に働くことはできません
(学内でのアルバイトは場合によってOKのようです。または留学開始時と金銭的事情が変わってしまい、どうしても働かないといけない事情があってそれが認められた場合は別のようです。私はいずれの場合も経験していないので、詳しいことはご自分の通う学校に確認してください)

基本的にはカレッジ(2年制。Community College)、大学(4年制。University)、大学院,を卒業して学位(degree)を取得・または9ヶ月以上の連続したクラスを終了して認定証(certificate)を取得すれば、12ヶ月〜最長19ヶ月までアメリカで合法的に働くことのできるOptional Practical Training (通称OPT)と呼ばれる資格を習得することができます。
Wikipediaはこちら→Optional Practical Training
なお、OPTは語学学校のESL修了では貰うことはできません。この辺りのことはご自分でお調べください。簡単に分かりますので。


さて本題。
私もOPTを取得しました。私の最終クラスが修了したのが6月の終わり頃。
OPTは最終クラスが終わってから60日以内の日付で「勤務可能開始日」を指定して申請するのですが、私はクラスの最終日から約1ヶ月後の7月後半を勤務開始可能日としました。
(2008年度からは勤務予定開始日から累積90日以内に学業に関連した仕事を見つけるというルールが一応あります。詳しくはお調べくださいね)

この、勤務開始予定日をできるだけ後ろにずらせば、就職活動に十分な時間を取ることができますから、できるだけ開始日は遅めにする人が多いのかもしれません。
ただ、ほかの人の就職活動状況を見て私が思ったのは、OPTの開始日が直前に迫ってこないとなかなか仕事の紹介も貰えないという一面もあるようでした。というのはアメリカの場合、ポジションが空いた=すぐに人を補給したいという理由での人材募集になるのが多いようで、その時点で自分のアベイラビリティがなければ雇ってもらえないというのがデメリットになるかもしれません。
(自分の勤務開始日まで企業が待ってくれる・・・というのは、個人的にはあまり期待できないように予想していました)


ちなみに私が勤務開始可能日を最終クラス修了後1ヶ月にした理由は以下3つ:

1)資金的な問題が大きく、無収入のままで90日も待てなかった←これは本当にシビアな問題でした。3月頃からは金銭的に苦しくなってきていたのですが、そこにきて6月に交通事故に遭って予想外の出費が立て続き。。。泣きっ面に蜂

2)引越しや就職活動の準備は1ヶ月あればすべて完了すると思ったため。私の学校はLAからフリーウェイでたっぷり1時間ちょっとかかる砂漠の田舎町にいたのですが、これが就職活動で不利になるのではないかと思い、就職活動前に就職活動に便利な都市へ引っ越そうと計画していました。

3)仕事のブランクが長くなるのを避ける。とにかく一刻も早く現場復帰したかった。無職期間が長くなるのは雇用主にプラスの印象を与えるとも思わなかったし。

引越し先探しでは予想外に苦労してしまって、本当はもっと簡単に決まると思っていた私には初っ端からちょっと予定が狂い、就職活動に本腰を入れるのが遅くなってしまいました。
それでも勤務可能日である7月の終わり前には何とか引越し先も決まりました。


2009年夏。
景気はまだ回復しておらず・しかも全米でも特に失業率の高いカリフォルニアでの就職活動が始まろうとしていました。


続く。(頑張って書きます〜!)

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まるの思い出


まるの思い出

まるちゃんは我が家で飼った3匹目の犬。
2匹目の犬(シェルティー)はフィラリアで死なせてしまった。
悲しくて寂しくて火葬場に連れて行ったその足でペットショップに行ったその店で、黒くて小さくて、ほかの犬にくらべてドン臭くて踏まれまくっていたその犬を気に入って連れて帰った。
さんざん悩んでみんなで名づけた名前が「まる」。ありきたりな名前。
初めての小型犬で室内犬。一緒に寝たりできるのが楽しみだった。
家族が学校や仕事に出かけるとき、その気配を察すると必死でその「出かけようとしている人」について回って、目があうと真剣な目で「置いていかないで」と訴えていた。
一人でお留守番になると、寂しがってギャンギャン鳴いていた。帰宅するときの門を開ける音が聞こえると、玄関まで走って、ガラスの扉から覗いて待っていた。
去勢手術をして戻ってきた日、いつもうるさい”まる”ちゃんなのに元気がなく、食欲もなかった。
そのころ大好物だった巨峰を差し出すと、巨峰だけは食べていた。

「おさんぽ?」と話しかけると、ちょっと首を傾げながらもお散歩道具のあるところに寄っていった。
「ごはん?」と話しかけると、ドックフードが置いてある場所に走りよって必死でアピールしていた。
いつもごはんをあげる時間に忘れていると、真剣なまなざしで人間の目を見て「ごはんちょうだい!」とアピールしていた。
「さぁーて」という掛け声を聞くとお出かけするのがわかって、行かせまいと必死で足元をついて歩いてまわっていた。
母が大好きで、母に冗談でちょっかいの手を出すと、本気で怒って、母をガードしていた。
車に乗せても運転席だけには行かず、助手席や後部座席で動きまわっていた。(躾たんだけど)
血統書付きのヨークシャーテリアなのに5Kg以上あって大きくて、、、ダイエットさせられた。
雨の日に着せられるカッパが大嫌いで、雨の日のお散歩は上目遣いで訴えて、用をすますとそそくさと家に帰ろうとしていた。
実家を出た私が2〜3年振りに帰省しても、ちゃんと私を覚えていて、帰宅の足音を聞き分けて玄関で大喜びで迎えてくれた。
一緒に寝たくてベットに連れていくのに、ちょっとほとぼりが冷めるとすぐにベットから出て行ってしまう。それなのに朝起きると、掛け布団の上にのっかってぐーぐー寝ていたりする。
いつまでも起きない私。朝のお散歩に行きたいのに、じっと部屋で我慢して待っててくれた。
布団の山の上で寝るのが大好きだった。

おトイレの躾をまだ練習中の時、トイレに失敗して汚れた部屋とその体を洗って世話してあげたのは、妹とお母さんだったよね。
私は遊んでばかりで早い時間には家に寄り付かなかった。そういう大変なところはあまり担当しなかった。
お散歩もさぼったりした。私が面倒で早く帰りたいから、まだいっぱい歩きたい犬”まる”ちゃんを無理やり自宅に連れて帰ってきたことも多い。
私が転勤し、妹も結婚して家を出てからは実際の面倒は母が見ていたよね。。
本当にたまに帰ってきて調子よくかわいがる私を忘れず、白内障で目が見えなくなっても、足がよろけてうまく歩けなくなっても、一生懸命喜んでくれた。
いつからか、気が付いたら”まる”ちゃんは寝てることが多かった。
体調が弱ってからは母が母の知人から聞いたという山の水を飲ませたら、体調が良くなって元気になったと。
長年歩いてきたお決まりの散歩コース。ゴツンゴツンと壁にぶつかって歩いたり、よろよろよろけてしまったり・・・
ちゃんとできていたおトイレも、だんだん上手にできなくなっておむつをつけるようになった。

2007年のお正月。
何年ぶりかわからないほど久しぶりに実家に帰った私。そしてこれまた何年ぶりかわからないほど、私は年が明けた後に近所の神社へ初詣に行くことにした。
私は”まる”ちゃんを抱っこして、母が「おむつしてかわいそうだから」って毛布をかけてくれた。
若い頃よりも痩せて小さくなった”まる”ちゃん。
おむつをつけたまるちゃん。
白内障で目が真っ白になっているまるちゃん。
周りから見たらかわいそうな見た目な犬だったかもしれないけど、私にはかわいくてかわいくてたまらない犬だった。どんなに年をとってもかわいくて仕方なかった。

アメリカに来る時、念のために”まる”ちゃんの写真を撮って持ってきて大事にしてある。
いつもいつも、一時帰国したいことの大きな理由の一つが、”まるちゃんに会いたい”だった。
それでも貧乏学生はなかなか日本に帰ることができず・・・予定もなかなかつかなくて。
まるちゃんの健康状態だけが気に掛かっていた。
親に書くメールにはいつも”まる”の体調を確認していた。

最期の数日間。
あんなにいつでもどんなによろよろしていてもちゃんと食べていたごはんも、お水も口に入らなかったと。
親が寝た後やお出かけした後は、どこにそんな体力があったのかわからないけどキャンキャンと鳴いていたらしい。
甘えん坊で寂しがりやだったから。。。何か犬なりに感づいていたのかな。。。

多分、本当はもっと前から調子悪かったんだろうけど・・・
親はいつもいつもメールで「まるちゃん元気?」って聞く私には伝えにくかったと。。。

今日2009年8月31日、老衰で永眠。
母曰く、苦しむことなくすーっと・・・。


火葬にされる前の写真を送ってもらった。やっぱりどんな姿でも、”まる”ちゃんはかわいかった。



死んじゃう前に、生きている”まる”にもっと会いたかった。


テーマ : *ヨークシャーテリア*
ジャンル : ペット

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